12月1日

2008年春の、ある朝。

「犬が車にひかれたんです!」

柴系のミックス犬がベニヤ板に乗せられ、運び込まれました。
立ち上がれず横になっていて、額にも痛々しい傷が…。
そんな状況にも関わらず、『この子、すごい美人さんだな』と不謹慎ながらも思ったことを今でもよく覚えています。

“コロ” という名のミックス犬は、レントゲン検査の結果、背骨が折れてしまっていることが判明。
うちの病院に一晩入院した後、骨折の手術ができる病院に転院することになったのですが。
コロは一般家庭で飼われていた子ではなく、今後の手術やリハビリ、介護などをしていくことは難しかったようで…。

このままではサヨナラになってしまうであろうコロの点滴を外しつつ私が泣いていると、それを見た院長が、

「…ウチでもらうか」

そう言ってくれました。

コロはその日のうちに院長の知り合いの病院に運ばれ、骨折の手術を受けて、翌日帰って来ました。

「コロ、よく頑張ったね!」

話しかけつつ気になったのは、『コロ』という名前。
その時期、よく通院していたワンちゃんに『コロ』という子がいて、話をしていてもどっちのことなのか紛らわしく…。

「それなら、本人にも違和感がないように『コロン』に改名して、『ン』は小さく呼ぶようにしたらいいんじゃない?」

こうして、コロンはクローバーの病院犬となったのでした。


それから約9年半、いろんなことがありました。
私は後ろ半身の麻痺したワンコの扱いは初めてだったので、オシッコをしぼったり、リハビリをしたり、戸惑うことがたくさんありました。

しかしコロンは、急に前足だけで生活しなければならなくなったとは思えないほど、元気に、ポジティブに生きているような気がしました。

チャッチャカチャッチャカ♪とスキップするかのようなリズムで走り寄って来たり、
初めて乗った車椅子でもなんの躊躇もなく走り回ったり。

アトピーのために年単位でつけることになったエリザベスカラーも、それが自分の一部かのように器用に生活していて。

本当に強い子。

悪さやイタズラもたくさんしたけど、人間には絶対に歯を当てることをしなくて。
お子さんにも安心してさわってもらえるような優しい子。
輸血が必要な子のためにコロンの血をもらった時にも、保定をしなくても黙って血を採らせてくれて。
自分の仕事をわかってくれてたのかな?

それ以外にも、ダンボールを縛っていると必ずやって来て、手伝おうとしてくれたり。
私の体調が悪い時には、いち早く気づいて走って来てくれていました。
本当に不思議な子。


本当は、11月1日にあった犬の日も、来年の戌年も、一緒に迎えたかった。
そして何より、今日の誕生日を一緒に迎えて、「16歳おめでとう!」って伝えたかった。

でも、誕生日まで持たないだろうというのは少し前から気づいていて。
でも、そうやって冷静に捉えている動物看護師としての自分の他に、
『奇跡が起きるかもしれない』と信じている、コロンの飼い主として、コロンの家族としての自分もいて。

少しずつ心の準備をしていたつもりでしたが、結局ちゃんとした整理はつけられないままに、お別れの時はやって来ました。


あれから、もう1ヶ月以上経ったんですね。
コロンが生きている時はあんなに遠いと思っていた12月1日は、あっという間にやって来ました。

直後は悲しさでいっぱいで(これを書きながらもまた泣いてしまってはいますが)、どうしていいかわからないような日々でした。
コロンにもう会えないなんて信じられなくて…。


でも気づいたことがあります。
最近病院にやって来たウサギ・グレーさんが教えてくれました。

グレーさんの後ろ足が動かないと知った時、
私はまず『オシッコは自分で出せるのかしら?』と確認。
出せていないようなので院長に確認し、オシッコしぼり。
お尻が便で汚れていたためシャンプーし、ドライヤー。
ごはんを自力で食べないので強制給餌。

…これらは、私の体が自然にやっていたことでした。
でも、学校で習ったことじゃない。
後ろ半身の麻痺した動物の扱い方なんて実習はありません。
ミミンと過ごした日々が、体に染みついているんだなと感じました。


だからきっと。


コロンと過ごした日々も、私の中に染みついているんだと思います。
会えるとか、会えないとかじゃなくて、常に一緒にいるのかもしれないなと、ふと思いました。
一緒に生活する中で、動物看護師としても、1人の人間としても成長させてくれたコロン。
本当にありがとね。
コロンに教わったことを大切にして、頑張るからね!